日々のこと

「みんな」のことを気にしない

他人を気にせず生きられたら、どんなに楽だろう。そう思う人は多い。

気兼ねせずに正しいことを言い、面倒臭い人間関係のしがらみを切り、自分のあるがままで生きることができたら。悩みが多い人であればあるほど、そう考えると思う。

ぼくだってそうだ。他人の些細な言動でおおげさに傷ついたり、何気ない一言を深読みして疲れたり、外見やライフスタイルにとやかく言われてかちんときたりする。

そこで「いやいや他人なんて関係ない」「どうでもいい」と思えればいいんだけど、なかなかそうはいかない。

日本人はとくに、人の気持ちを慮って疲れちゃう人も多い気がする。

それを「優しさ」と表現するなら、いいことでもあるんだろうけれど。

うさんくさい心理学者やインフルエンサーなんかは、「他人を気にしないで生きることがいい」とよく言う。それは自分にふりかかるストレスを軽減し、自由に生きるために必要なのだと。

たしかに、他人からの束縛を受けなければ、気楽な部分はある。でも、それって人間やめるってことでは?とも思う。

人間は、社会的な動物。生物の授業を受けたことがないからここらへんのことはよくわからないけど、とりあえず、社会のなかで生きる生き物ってことはまちがいない。

まったくのひとりぼっちで生きていく強さを前提とした生物じゃないのと思う。たぶん。

その人間が、他人を拒絶するってことは、社会からの離脱でもある。

まぁそうしたいならそうすればいいとは思うけど、社会性を失った人間がストレスフリーで人生を楽しめるビジョンがわかないんだよなぁ。むしろサイコパスみがあるというか。

人間、社会のなかで生きている以上、他人のことはどうしても気になるもの。というか、ある程度は気にしなきゃダメだと思う。そうしないと集団のなかに身を置けないから。

でもそのせいでしんどいことはある。それを軽減するために大事なのって、「だれのことを気にするか」だと思う。

まわりに存在するすべての人間から好かれよう、うまくやろうと思うと、そりゃしんどい。

だからこそ、優先順位をつけて、「この人とは理解しあいたい」「この人はどうでもいい」って線引きするのが大事だと思う。

ある程度の割り切りというか、自分を守るために、どこかで見切りをつけないと。

他人を気にしないのは現実的にムリだけど、「みんな」のことを気にしない、というのは、生きるうえで大事かもしれないなーと。

ではではー