日々のこと

「何者」にもなりたくない

どうも、りょりょです。(ryoryo__0)

 

前々からそんなような気はしていたのだけど、あなたは何者ですかとか、特定の”くくり”に入ることがぼくはどうも苦手みたい。

 

思えば小学生の頃はどこかのグループに属すということがそんなに好きじゃなくて、いつも日替わりのグループに顔を出しては遊んでいたし、一人で図書館に篭る日もあった。

 

今日はそんな「何者」にもなりたくない気持ちを書いていこうと思う。

「何者」にもなりたくない

ぼくたちは、「何者」かにならなければいけないのだろうか?

 

「大人になったら何になりたい?」と問われつづけ、「何者」かになることが当たり前とされる世の中で、僕は自分を、社会の既存の枠組みに当てはめようと、必死に自分以外の「何者」かを目指していきてきた。

 

おもうように枠にはまれず、「何者」にもなれない自分を責めた時期もあった。

 

ぼくたちは、「何者」かにならなければいけないのだろうか?

 

既存の枠に当てはまらなくても、僕は自分のままで生きていけばいいのではないか?

 

僕は、「何者」にもなりたくない。

僕はただ、「自分」でいたい。

 

既存の枠組みにはまることが悪い事だとは思わない。

 

その枠組みがぴったりはまっていて、自分が自分のままいられるのならば、何も問題はないと思う。

 

でも、もし今の枠組みに違和感を感じたなら、自分を壊してしまう前に、知ってほしい。

 

何者にならなくたって、自分が自分で生きられる道があるということを。

 

無理に枠の中に自分を押し込めなくてもいいということを。

 

いきなり一人で走り出すのは、あまりにこわくて難しいから。

 

でも、一緒に走り出してみたら、きっとうまく走れるようになる。

 

そんな小さな成功体験の積み重ねで、生き方の選択肢は広がっていくんじゃないかと思うのです。

 

いつか一緒に走らなくても、一人で好きなところに走っていけるように。

おわりに

以上です。

 

個の力がやたらと叫ばれるこの頃、何者かになろうともがく人々がたくさんいる世の中で、「何者にもなりたくない」なんて不謹慎なことを考えている、ぼくは異常なのかな?

 

『そんなことはない、ただお前が若造なだけだ』、そう言って欲しいだけなのかもしれないけど。

 

この記事が「何者」かにならなければならないと、焦っている人の力にほんの少しでもなれていたら幸いです。

 

ではではー